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田川簡易裁判所 平成8年(イ)15号 決定 1996年8月06日

申立人

福岡県

右代表者知事

麻生渡

右指定代理人

堺裕之

外三名

相手方

川津清敏

主文

本件和解申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  申立に至るまでの経過並びに申立の趣旨。

1  申立に至るまでの経過は次のとおりである。

別紙目録記載の建物(県営住宅)は、申立人が安藤清隆に賃貸していたもので、同人は平成元年一月一一日に同建物を申立人に明渡した。

相手方は昭和四八年七月一五日から本件建物に居住して同建物を占有していた。そこで申立人は、相手方を被告として平成七年六月二三日建物明渡の訴を提起し、同年八月一八日請求認容の判決を得た。

相手方は、平成七年一〇月一七日に、同月末日までの賃料相当の損害金を全額申立人に支払い、相手方を名義人とする賃貸借契約の締結を申し込んできた。

申立人は、平成八年六月一九日に建物明渡の強制執行の申立をした。

申立人は、その後、相手方に対し、賃料の遅滞が三ヵ月分に達したときは通知催告を要せずに自動的に契約解除となる旨の条項を入れた起訴前の和解に応じるならば、相手方を賃借人として賃貸してもよいとの意向を示したところ、相手方もこれに同意した。

2  申立人の希望する和解条項の骨子は次のとおりである。

平成八年七月末日までの賃料相当の損害金が支払済であることの確認。

平成八年九月一日から効力を発生する賃貸借契約を結ぶこと、ならびに賃料額等の確認。

平成八年八月末日までの一ヵ月分の賃料相当の損害金と平成八年九月一日以降の賃料の支払約束。

賃料の遅滞が三ヵ月分に達したときは、賃貸借契約が自動的に解除になること、並びにその場合の相手方の建物明渡及び賃料相当損害金支払の約束。

二  起訴前の和解申立の要件について考えてみる。

民事訴訟法三五六条の起訴前の和解の申立は、同法のいう「民事上ノ争」が存在する場合に初めてすることが出来るものである。そして、この民事上の争とは、現に法律関係の不明確、即ち権利義務関係の内容または範囲について紛争がある場合、または将来の債務の履行について不安がある場合と言われており、当裁判所もそのように解する。

しかしながら、将来の債務の履行についての不安というのは、単なる漠然とした主観的不安ではなく、履行に対する信頼が客観的徴憑によって損なわれた場合であって、別な言い方をするなら、民事訴訟法二二六条の将来の給付を求める訴が許される場合に該当するような将来の債務の履行に対する信頼の欠如が生じた場合と解するのが相当である。

三  そこで本件について検討してみる。

本件は既に建物明渡を命じた確定判決がある。したがって、現に法律関係の不明確、即ち権利義務関係の内容または範囲について紛争がある場合には該当しない。

そこで次は、将来の債務の履行について不安がある場合に該当するのかどうかという点である。

一般的に、新たに賃貸借契約を結ぶというのであれば、賃料については相応の履行の期待があるものと解される。本件は、平成八年七月一九日の申立であるが、同月末日までの賃料相当の損害金は全額支払われていて、この先の賃料の支払についても一応の期待が持たれたからこそ新たな賃貸借の話になったものと推認される。

もっとも、将来の賃料債務の履行について何がしかの不安が付きまとうことは免れないものであって、その限度では将来の債務の履行に不安がないとは言えない。しかし、これは割賦販売その他種々の割賦弁済についても同じことであって、将来履行期の到来する債務について、信頼度百パーセント、不安零パーセントということはまずあり得ない。若し、全ての将来の債務に付きまとうこのような漠然とした不安が民事訴訟法三五六条の「民事上ノ争」に該当するものとするなら、それは同条の和解申立の要件を事実上取り外してしまうのと同じことであって、法解釈の範囲を超えた事実上の法改正と言わざるを得ないと考える。

そうすると、本件には、客観的徴憑によって将来の債務履行の信頼が損なわれたというべき事情は何もなく、また、現に存在する紛争の解決の一つの選択肢として新な賃貸借を選んだ場合にも当たらない。

要するに、本件申立は、今から新規に始まる賃貸借契約について、一定の債務不履行があれば自動的に契約解除になる旨を明記して、その場合の建物明渡について判決と同等の執行力のある債務名義を事前に取得できるならば賃貸してもよいというそれだけのものであって、民事訴訟法三五六条の起訴前の和解の埒外のものである。

四  以上のとおりで、本件は要件を欠いた起訴前の和解申立であるので、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官福田精一)

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